天理参考館 -こけし五彩ー


もう一本の勘治

もう一本の勘治として知られていながら、なかなか見る機会のなかった天理参考館の勘治が、平成十七年夏、奈良天理市にある天理参考館第五十二回企画展「こけし五彩」で展示された。会場は参考館三階の企画展示室で、今回のテーマとして弥治郎系と鳴子系中心とした展示が行なわれたが、勘治は入り口正面のガラスケースに一本特別に展示されていた。
今回、実物を見てはっきりしたことは、この勘治は「婢子会:日本土俗玩具集」の八寸五分とは時代は同じであるが別のものであるということだ。閑話(4)の「日本土俗玩具集」の写真と比べてみると、よく似ているが向かって右の手絡模様が違う(第一筆と二筆の隙間あるいは重なりが違う - この二本が別物ではないかという疑義は相葉宏さんもかつて指摘していた) 。
ということは、八寸五分の勘治は、この天理と旧橘文策所蔵品と、さらに日本土俗玩具集掲載品の少なくとも三本があることになる。天理参考館と日本土俗玩具集は極めて酷似しているが、橘文策旧蔵の勘治は下瞼が上に湾曲していて表情に差がある。
天理参考館には岸本五兵衛(彩星)のコレクションの一部が入ったという噂を聞いたことがあるが、実はこれは正しくないらしい。岸本蔵品の世界各地の土俗資料・民俗資料は参考館に入ったが、こけしは一本も入っていないという。古いこけしは関西在住の別の収集家より参考館に入ったらしい。天理参考館の勘治の制作年代は深沢、西田の尺二寸と同時期、明治三十七、八年であろう。保存は極めてよく、貴重な一本である。



展示された高橋勘治八寸五分

今回は、弥治郎と鳴子を中心とした展示で、天理参考館の全収蔵品を展示してあるわけではない。今回の展示で見る限り、勘治以外は昭和十年代の作品が多く、戦後のものも混ざっている。会期は平成十七年七月六日から九月五日である。
天理参考館の古い図録に掲載されてあって、楽しみにしていた飯坂の伝佐藤栄治六寸は展示されていなかった。直胴で三角鼻の古風な逸品と記憶している。閑話(2)で紹介した木人子室蔵と同様な作風であったはずである。



会場風景、右手前が高橋勘治


天理参考館ホームページ(http://www.sankokan.jp/)


東京 天理ギャラリーで開催された「こけし 鳴子と弥治郎」展

平成二十年春、東京の天理ギャラリーで再び天理参考館所蔵のこけしが展示され、東京の蒐集家にもゆっくり高橋勘治作を鑑賞する機会が与えられた。
今回の東京展のために図版カタログも作成されたが、最近の研究成果を含めた丁寧な解説が学芸員の幡鎌真理さんによってつけられており、バランスの取れた良い紹介になっている。個々のこけしについても、正確かつ詳細な解説があり、特に所蔵印や胴底の署名字体、スタンプなどにまで言及してあるのは資料としての価値を高めている。こけしを作者の系列ごとにまとめて紹介しているのも親切である。父子相伝、師匠からの伝承と言葉による説明は多いが、技能の継承が自然に形成した系列というまとまりを、こうした図版によって示されると、匠の伝統という意味が言葉を越えてビジュアルに納得できる。専門家にとっても、初心者にとっても役に立つ図録である。


東京 天理ギャラリーのホームページ(http://www.sankokan.jp/exhibition/gallery/guide.html)

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