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木地山風影

産地風影

小安



昭和三十九年夏、久太郎の仕事場からは桁倉沼が見えた。


小椋久四郎の妻女キクはまだ健在だった。
ほとんど聞き書は取れなかったが、二男久太郎の作ったこけしの傍らにひっそりと座っていた。
久太郎は小柄だが豪快な実務肌の職人で、精力的に迅速に木地を挽いて大量にこけしを製作した。時には山菜採りや猟で熊を仕留めて旅館に運んだりもした。熊の皮がいくつか並んでいたこともある。本人、酒は飲まないが、酒でもてなすのは大好きだった。七輪に金網を載せて、採りたての熊茸を炙って、いくつかに裂いてすすめてくれた。醤油をチョッとつけ、熱いのを食べるのが旨かった。酒は麓の酒処、湯沢の蔵元が何本でも運んで来るようだった。市販されていない特別醸造の酒をご馳走になる。しかし、どういうわけか久太郎はいつもガラス製の三角フラスコに燗酒を入れて出してくれる。それでも特別醸造は美味かった。



昭和四十三年再度木地山を訪れたときには久太郎は孫の利亮に
木地を教えていた。利亮はこのとき十二歳だった。



小椋久四郎  小椋久太郎

産地風影

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